観光立国推進基本計画を読み解く|第五次計画でホテル・宿泊業は何を求められているのか【第1回】【第五次計画 第1回】

2026/09/25

観光立国推進基本計画(第五次計画)をホテル関係者向けに解説。前計画の達成状況と2030年目標を比較し、地方誘客、宿泊業の付加価値額、観光DX、DMOの役割など宿泊業に関わるポイントを整理します。

はじめに

2026年3月27日、政府は「観光立国推進基本計画」を閣議決定しました。観光立国推進基本法に基づき、政府が観光施策の基本方針・目標・具体的な施策を定めるもので、今回が第五次計画にあたります。計画期間は令和8年度(2026年度)から令和12年度(2030年度)までの5年間です。

計画は94ページあり、混雑対策、インバウンド誘致、文化財の保存、交通インフラ整備など、扱う範囲は広いものです。

本記事では、宿泊事業者に関係する目標と施策を整理したうえで、前計画の達成状況と新計画の目標との差を確認します。また、地方部の延べ宿泊者数を訪日客一人当たりの宿泊数に換算し、宿泊事業者から見た目標の意味を考えます。

1. 全体構成(5つの軸、3つの方針、11の目標)

計画は4部構成になっています。

第1部 観光立国の実現に関する施策についての基本的な方針

※観光の持続的な発展、消費額の拡大、地方誘客の促進、観光と交通・まちづくりの連携、新技術の活用という5つの軸を示し、①インバウンド誘客と住民生活の質の確保の両立、②国内交流・アウトバウンドの拡大、③観光地・観光産業の強靱化という3つの方針に整理しています。

第2部 観光立国の実現に関する目標(前計画の達成状況を踏まえた11の数値目標)

第3部 観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策(約65ページ、個別施策の総覧)

第4部 観光立国の実現に関する施策を総合的かつ計画的に推進するために必要な事項(国・地方公共団体・DMO・JNTOなど関係者の役割分担)

本記事でまず確認するのは、第1部に示された基本方針と、第2部の数値目標です。第3部の個別施策については、宿泊業との関係が明確な項目を第4章で取り上げます。

2. 前計画の達成状況(達成した目標と未達の目標)

前計画(2023年3月閣議決定)は9つの目標を掲げていました。まず、その2025年目標に対する2025年実績の達成率を見ていきます。

<インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立>

関連する新目標のNO目標(前計画)前計画の目標値2025年実績値目標達成率2019年実績2019年時点での到達率
変更(1)持続可能な観光地域づくりに取り組む地域数100地域118地域118.0%──
2訪日外国人旅行者数 ※12019年水準
(3,188万人)超え
4,268万人133.9%3,188万人100.0%
4訪日外国人旅行消費額5兆円9.5兆円190.0%4.8兆円96.0%
5訪日外国人旅行消費額単価20万円22.9万円114.5%15.9万円79.5%
集計(6)訪日客一人当たり地方部宿泊数 ※22泊1.4泊70.0%1.4泊70.0%
7アジア主要国内の国際会議シェア ※5アジア最大の開催国
3割以上
アジア1位
33.4%(2024年)
111.3%──

<国内交流・アウトバウンドの拡大>

関連する新目標のNO目標(前計画)前計画の
目標値
2025年実績値目標達成率2019年実績2019年時点での到達率
8国内旅行消費額 ※320兆円26.8兆円134.0%21.9兆円109.5%
9日本人の地方部延べ宿泊者数 ※33.2億人泊3.0億人泊93.8%3.0億人泊93.8%
10日本人の海外旅行者数 ※22019年水準超え
(2,008万人)
1,473万人73.4%2,008万人100.0%

※1 2025年実績は、2026年3月18日発表の暫定値を使用しています。

※2 2025年実績については、2026年2月27日発表の速報値を使用しています。地方部は、三大都市圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、京都府、大阪府、兵庫県)以外の地域を指します。

※3 2025年実績は、2026年2月18日発表の速報値を使用しています。

国内旅行消費額について、計画本編の前計画検証では、当初目標の「早期に20兆円」を基準としています。これに対し、第五次計画の概要には、見直し後の目標値として22兆円が記載されています。本表の達成率は、計画本編に合わせて20兆円を基準に算出しました。

※4 注釈がない2025年の実績値については2026年1月21日発表の速報値を使用しています。

※5 アジア主要国とは、アジア太平洋地域での国際会議開催件数上位5か国(地域を含む。)を指します。2019年時点の統計で日本、中国、韓国、オーストラリア、台湾が上位5か国・地域です。

訪日客数、訪日外国人旅行消費額・消費単価、国内旅行消費額は、2025年目標を上回りました。なかでも訪日外国人旅行消費額は目標の1.9倍です。これに対し、日本人の海外旅行者数は目標比73.4%、訪日客一人当たり地方部宿泊数は70.0%、日本人の地方部延べ宿泊者数は93.8%でした。前計画では、地方誘客とアウトバウンドに関する3項目が未達となっています。

3. 新計画の2030年目標(2025年実績から見た到達状況)

新計画では、①地域数の指標が『持続可能な観光地域づくりに取り組む地域数』から『誘客と住民生活の両立に取り組む地域数』へ変更され、⑪宿泊業が創出した付加価値額が新設されました。③リピーター数と⑥訪日客の地方部延べ宿泊者数は、第3次計画以来の再設定です。これにより、目標は11項目となりました。訪日外国人旅行者数6,000万人、消費額15兆円という2016年の「明日の日本を支える観光ビジョン」以来の目標は、今回も据え置かれています。以下では、2030年目標に対する2025年実績の比率を当社で算出し、現在の到達状況を確認します。

<インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立>

新目標のNO目標2030年度目標2025年実績2025年時点
での到達率
1誘客と住民生活の両立に取り組む地域数100地域47地域47.0%
2訪日外国人旅行者数6,000万人4,268万人71.1%
3 うちリピーター数4,000万人2,761万人69.0%
集計(3)   リピーター率66.70%64.70%─
4訪日外国人旅行消費額15兆円9.5兆円63.3%
5訪日外国人旅行消費額単価25万円22.9万円91.6%
6訪日客の地方部延べ宿泊者数1億3,000万人泊5,873万人泊45.2%
集計(6)訪日客一人当たり地方部宿泊数 ※12.17泊1.38泊63.6%
参考(6)訪日客の三大都市圏延べ宿泊者数 ※1、21億3,000万人泊1億1,914万人泊91.6%
参考(6)訪日客一人当たり三大都市圏宿泊数 ※1、22.17泊2.79泊128.6%
7国際会議の開催件数アジア最上位
世界5位以内
アジア最上位
世界7位
─

<国内交流・アウトバウンドの拡大>

新目標のNO目標2030年度目標2025年実績2025年時点
での到達率
8国内旅行消費額30兆円26.8兆円89.3%
9日本人の地方部延べ宿泊者数3.2億人泊3.0億人泊93.8%
10日本人の海外旅行者数過去最高
(2,008万人)超え
1,473万人73.4%

<観光地・観光産業の強靱化>

新目標のNO目標2030年度目標2025年実績2025年時点
での到達率
11宿泊業が創出した付加価値額6.8兆円4.3兆円
2024年度実績
63.2%

※1 地方部は、三大都市圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、京都府、大阪府、兵庫県)以外の地域を指します。

※2 訪日客の三大都市圏延べ宿泊者数は資料「観光立国推進基本計画(第5次)(概要)」p.5の「2.人数だけを追い求めるのではなく、内容や質を重視」の記載のデータを利用しています。

11の目標のうち、2025年時点で到達率が9割を超えているのは、⑤訪日外国人旅行消費額単価の91.6%と、⑨日本人の地方部延べ宿泊者数の93.8%です。②訪日客数は71.1%、③リピーター数は69.0%、④訪日外国人旅行消費額は63.3%、⑪宿泊業が創出した付加価値額は63.2%でした。①誘客と住民生活の両立に取り組む地域数は47.0%、⑥訪日客の地方部延べ宿泊者数は45.2%で、いずれも5割を下回っています。

到達率は、目標の設定経緯によって意味が異なります。②訪日客数、④訪日外国人旅行消費額、⑧国内旅行消費額は、前計画の目標を達成した後、新計画で目標値が引き上げられました。これに対し、⑨日本人の地方部延べ宿泊者数と⑩日本人海外旅行者数は、前計画で未達だった水準が引き続き目標として置かれています。①は「持続可能な観光地域づくり」から「誘客と住民生活の両立」へ定義が変わったため、前計画の達成率とは単純に比較できません。到達率を見る際には、数値だけでなく、引き上げ、据え置き、定義変更の違いを分けて捉える必要があります。

参考:訪日客一人当たりの地方部宿泊数(当社算出)

⑥の延べ宿泊者数だけでなく、②訪日外国人旅行者数で割った一人当たり泊数も確認します。

2025年実績は5,873万人泊÷4,268万人=1.38泊、2030年目標は1億3,000万人泊÷6,000万人=2.17泊で、5年間に一人当たり泊数を約57.5%増やす計算です。

前計画では、同じ考え方の指標が目標2泊、2025年実績1.4泊、達成率70.0%として9つの目標の一つに明記されていました。新計画では、これが延べ宿泊者数の目標に置き換わったため、一人当たり泊数は目標一覧に表れません。

⑥地方部延べ宿泊者数の到達率45.2%は、訪日客数の到達率71.1%と、一人当たり地方部宿泊数の到達率63.6%を掛け合わせた水準です。

地方の宿泊施設から目標を見る際には、訪日客数の増加だけでなく、一人当たりの地方部宿泊数を増やすために、地域としてどのような取組が必要かも確認点になります。

計画では、訪日客の地方部延べ宿泊者数について、「当面、三大都市圏における宿泊数と同等、すなわち1対1の割合を目指す」としています。第5次計画の概要によると、2025年の訪日客延べ宿泊者数は、三大都市圏が1億1,914万人泊で67%、地方部が5,873万人泊で33%です。

訪日客一人当たりの宿泊数を算出すると、2025年は三大都市圏が2.79泊、地方部が1.38泊です。2030年目標では、三大都市圏と地方部の延べ宿泊者数をそれぞれ1億3,000万人泊としているため、訪日客6,000万人で割ると、いずれも一人当たり2.17泊に相当します。2025年実績と比べると、地方部の延べ宿泊者数を増やし、三大都市圏との開きを縮める設定です。

4. 宿泊業に関係する5つのポイント

(1)宿泊業を対象とした数値目標が新設された

11目標のうち、宿泊業を対象として設定されたのは「宿泊業が創出した付加価値額」です。目標は2030年度に6.8兆円で、2024年度実績は4.3兆円です。計画には「宿泊業の平均賃金の推移も注視していく」との記載もあります。付加価値額とあわせて、賃金の推移も確認対象にしていることが分かります。

(2)宿泊業の構造課題が数値で明記されている

出典:第1部「1.はじめに」(p.4)

計画の冒頭には、宿泊業の労働生産性、給与水準、欠員率、非正規雇用者比率、事業者規模に関する数値が示されています。

指標宿泊業の水準
労働生産性全産業平均の約7割
給与水準全産業平均の約7割
欠員率(宿泊業・飲食サービス業)全産業平均の約1.8倍
非正規雇用者比率全産業平均の約1.5倍
資本金1,000万円未満の事業者割合宿泊事業者の6割以上

計画は、これらの数値を踏まえ、生産性と収益力の向上を宿泊業の「喫緊の課題」と位置づけています。

(3)DX施策は収益向上と業務効率化の両面に置かれている

計画に記載されたDX施策には、レベニューマネジメントによる収益向上と、業務の省力化・効率化の両方が含まれます。(2)で挙げた生産性と収益力の課題に対応する施策として、内容を分けて確認します。

収益面:地域単位でのレベニューマネジメント

出典:第3部3.(3)ア「観光DXの推進」(p.78)

計画では、PMSの導入による業務効率化とサービスの高付加価値化に加え、地域単位で予約情報や販売価格を共有し、事業者間・地域間のデータ連携を強化する取組が挙げられています。想定されている範囲は、個別ホテルのシステム導入から、地域単位のレベニューマネジメントまでです。

効率化面:省力化投資による人手不足への対応

出典:第1部2.(3)(p.7)、第3部3.(6)ア「観光人材の確保」(p.81)

基本方針では、観光DXや省力化・効率化への投資を通じて、収益性と生産性の向上、従業員の待遇改善、人材確保、客室稼働率の向上を図るとしています。第3部でも、宿泊施設が人手をかける業務に人材を振り向けられるよう、省力化設備への投資を促進すると記載されています。DX投資は、人手不足への対応策の一つとして扱われています。

(4)高付加価値旅行者の人数と旅行消費額

出典:第3部1.(2)③「高付加価値旅行者の受入環境整備」(p.46)

2023年の高付加価値旅行者は約59万人で、訪日客全体の約2%です。消費額は約1兆円で、全体の約19%を占めます。計画では、大都市圏への訪問が中心で、地方への訪問が少ない点も課題として挙げています。

(5)DMOに期待される地域戦略の調整とデータ活用

出典:第4部1.「多様な関係者の適切な役割分担と連携・協力の強化」(p.87-90)

第4部では、国、JNTO、地方公共団体、DMO、観光関係事業者の役割を整理しています。DMOは、地域の「稼ぐ力」を引き出す観光地域づくりの司令塔と位置づけられています。宿泊税や入域料などを財源に運営基盤を整え、データに基づく戦略を策定する役割です。地方公共団体と観光関係事業者の項目には、ホテル各社との具体的な連携方法までは記載されていません。

地方誘客における地域データと市場データの役割

⑥訪日客の地方部延べ宿泊者数は、2030年目標1億3,000万人泊に対し、2025年実績は5,873万人泊で、到達率は45.2%です。第五次計画では地方への訪日客誘致が重要な課題となっていますが、個別の宿泊施設だけで地域全体への誘客に対応することは困難です。そこで、地域の需要や来訪者の動きを把握し、関係事業者の取組を調整する役割を担うDMOへの期待が高まります。

第五次計画では、DMOに対して、データに基づく地域戦略の策定が求められています。一方、価格や在庫などの販売判断は、各宿泊施設が行います。地域全体の需要や来訪者の動きを把握するためのデータと、個別施設が自施設の販売判断に用いる市場データでは、利用主体と目的が異なります。

別稿「価格設定・需要予測・地域データを活かしたレベニューマネジメントの可能性」で紹介した豊岡DMOと箱根DMOの事例では、地域内のデータを集約し、宿泊施設や飲食・交通事業者の判断材料として提供しています。一方、城崎温泉但馬屋は、周辺施設の販売情報を自施設の価格設定に利用しています。

これらの事例から、地域データの共有によって地方部の延べ宿泊者数が増えたかどうかまでは判断できません。外国人旅行者の地方訪問や宿泊増加へ向けて、地方単位の取り組みをどうつなげるかについては、第2回で検討します。

個別施設の販売判断には、地域データとは別に、周辺施設の販売価格やプラン、在庫状況などの市場情報も必要になります。当社では、こうした市場情報とエリア全体の動向を確認できる「レベニュマネジメントシステム PriceAnalyzer」を提供しています。

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